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季節は 入ったばかりの秋の入り口、
まだまだ陽盛りでは残暑を実感出来よう辺り。
普通列車しか停車しない小さな駅から徒歩 十数分圏内という、
ごくごく平凡で静かな住宅街の一角にて。
思いも拠らない存在同士による、とある対峙が始まろうとしている。
「………。」
片やは、日頃から此処を生活の基盤としている、
まだまだ若そうな成人男性で。
だが実は、こう見えて 人ではあらざる存在。
次界という空間次元で分ければ
此処より1つほど上の階層に位置する“天聖界”から降臨し、
調和が取れていてこそ安定していられる“世界”の均衡を乱すような、
主には“妖異”と呼ばれるような陰体の奇異存在を、
並々ならぬ覇力にて、一気に封印滅殺すること、義務づけられた仕事人。
緊急を要する場面へ召喚されたそのまま、
どんな難物相手でも、
一気呵成に対処出来るだけの、能力と覇力を持ち合わす、
破邪と呼ばれし、辣腕の剣豪と。
そんな彼には備わらぬ、妖異の気配や次界の歪みを感知し、
時に強靭な結界を張って陽世界への影響が出ぬよう取り計らう、
聖天界における封印の最高峰一族の御曹司と。
「…何か俺の紹介がぞんざいな気がすんですが。」
だって、サンジさんはあんまり積極的に対決の場へ立ちたくなさそうだし。
「当たり前です。」
何が嬉しゅうて、いやさ哀しゅうて、
こんなまで麗しい女神様へ刃向かう側に立たねばならぬか、と。
即答くださった金髪痩躯のお友達へ。
せめてややこしい妨害だけはすんじゃねぇぞとの鋭い一瞥送ってから、
「ガン飛ばしてんじゃねぇよっ 」
「早速 絡んでくんな、めんどくせーっ 」
まあまあ皆さん、落ち着いた落ち着いた。(苦笑)
仲間同士でのごちゃごちゃした言い争いの間も、
油断なく彼らを睨ねつけていた妖艶な美人様だったが、
「お主、その身に わらわの覚えのある気配がするが。」
「ああ"?」
うっせえな、横からワケ判らねぇこと訊いてくんじゃねぇよと、
その横顔にマジックで書いてあるよな、
いかにも棘々しい顔付きで、かっと斜めに睨めつけたゾロへ。
もしかして生身の人間ではないのじゃあと
思ってしまうほど途轍もないバランスで、
女性としての魅力や蠱惑を
これでもかっと詰め込んだような絶世の美女様はといえば。
女性といえばの淑やかさだけは、
嫋やかなという儚い形でなく、凛然とという方向へ突出しているらしく、
さして臆することもなく、表情も揺らがさぬままに問うたのが、
「もしや、
ルフィのところに居座っておる
怪しい輩というのはお主のことか?」
「………っ。」
ルフィの名を口にしたということで、
ムカッと来るより、
ああそうかと閃いたことが幾つかあったゾロだったようであり。
一瞬、その双眸が“おっ”という揺らぎを見せたものの、
「…だったらどうなんだ?」
ちょっと待てと断っての、
この場の錯綜ぶりへ強制的な制止をかけ、
地均しや仕切り直しが出来るよな、
鷹揚さも器用さも持ち合わさぬ自分だと、ようよう知っているだけに。
双方が抜いた刃の切っ先、一旦どっかへ降ろさにゃ収まるまいとの、
いかにも彼らしい乱暴な構えを続行することとした破邪殿であり。
“相手は生身の女だしな。”
空撃で戦意を喪失させるが無難だろうと判断すると、
精霊刀も呼ばぬまま、
その巌のような拳をぐっと握り込み、そこへと闘気を集中させる。
指を折り込んで固めただけの単なる“ぐう”より、
親指を内へ握り込んでの、
前腕、二の腕、肩に背中と、効率よく収縮させつつ力を込めた
本格的な握り拳の方が、威力が大きいのは当然のことだが。
そうやって制御された拳には、だからこその力加減というのも可能だそうで。
凄まじい勢いと重々しい存在感をみなぎらせた拳が、
制す暇間もあらばこその問答無用で迫って来れば、
腕に覚えのある男でも、とっさの防御を構えるだろうし、
ましてや…気概だけは雄々しくとも荒ごと実践には縁の薄かろ女性では、
気勢を呑まれて凍りついてもおかしくはない。
キリキリと尖って挑発的になっているところを冷ますためだけという、
牽制めいた効果だけを見越しての、
強い気概を拳へと集めておれば、
「幸き御魂 奇し御魂、守り給へ 幸え給へ。」
視線はゾロへと縫い止めたそのまま、
滑舌のはっきりした、だが、囁きというレベルでの文言を唱えた彼女が、
そのやわらかそうな白い手へ、切れのいい所作にて構えたは。
扱いに合わせて白の咒弊も清かにひるがえる、刃鋭い一本の小柄。
瑞々しくも麗しのお顔間近へ構えたそのまま、
そおと伏せられたは、潤みの強い 切れ長の双眸。
長いまつげの陰がかすかに震えるその中で、
「玉帝有勅 神硯四方
金木水火土 雷風 雷電神勅
軽磨霹靂 電光転
急々如律令っ。」
鋭い語勢にて、そんな咒を滔々と唱えると、
「風神招来!」
気合いの籠もった声とともに、
手首のしなりを利かせて投じられた一閃は、
「…………っ!!」
先程の投擲でさえ、
明らかに綿密な鍛練を積み重ねられたそれだろう、
この破邪の男に本気での危機感に伴う回避の動作を選ばせたほど、
鋭い冴えと的確さを帯びていたもの。
それ以上に尋常ではない、
異様な“圧”のようなものを重くまとわせ、
目には見えぬが正に牙そのものと化し、
こちらへ豪と襲い掛かって来たものだから堪らない。
彼女を萎縮させるため、ゾロがその手へ込めていた威嚇の念じを、
「ちっ!」
咄嗟のこととて 相殺させるためにと真っ向から放てば。
小柄がまとっていた思わぬ覇気だけは、
その厚みが拮抗したか、何とか雲散霧消してしまったものの。
心得のある投げようをされた小柄は、重き膂力を乗せたまま、
その軌道を保って宙を滑空して来たものだから。
「…っ。」
慌てずの的確に、
数寸だけ顔を横へと逸らして避けた破邪様だったれど、
大仰に避けておれば、次の一手で間違いなく仕留められていたようで。
「小癪なっ。」
軸足で総身を支えたまま、左の足をざっと引き、
無駄のない動作で次の照準をあっさり合わせると。
そのまま小気味のいいテンポで次々に放たれる、
小柄の波状襲撃の まあまあ執拗なこと。
つややかな長い髪を動作のあおりでひらめかせての攻勢は、
そうと知らねば舞いのように優雅だったが、
“冗談じゃねぇっての。”
陽の存在を喰らって滅びへ供連れにする
“負”の精気でこそないながら、
それでも陰体を削る威力は大きに込められている咒弊つき。
咒術に長けておいでの女性であるようで、
本来、生身の人間には操れるはずのない地脈や大気の流れを把握し、
体内を巡る念を基盤にしての攻勢を、繰り出し続ける巫女様であり。
当然、その身自体への負担だって大きかろうに、
よほどに凄まじい修行でも積んだものか、
撓やかな肢体は、どれほど動いても
その躍動の冴えを鈍らせる気配さえ見せぬままであり。
「哈っ!」
止めどなく向かって来る咒弊つきの攻勢、
今のところは何とか避けているものの、
当たらぬままになった弊に込められていた念までも、
宙を飛び交う次の小柄へまといついての加速を助けているようで。
徐々に威力増す こんなものをみすみす食らったら、
いかな破邪殿とて多大のダメージを受けるは必定。
“今晩は、坦々麺と 鷄の唐揚げ中華おこげ風って決まってんだぞ。
下ごしらえが間に合わなんだらどうしてくれるっ。”
……………………………。
破邪様ったら、いきなり所帯臭くならないで下さいな。(苦笑)
大方、ルフィからのリクエストがあったメニューなんでしょうが、
今から買い物というのなら、
成程、こんなしょむないことへ関わって
消耗してる場合じゃあないというのも頷けて。(ん?)
「おい、グル眉っ。結界だっ!」
「何をっ!」
何でお前へ加勢せにゃならん、
貴様、どっちの陣営かはっきりせんか
お約束の応酬を交えてから、
「つか、この状況が判っとらんのかっ?!」
「んん? ………お。」
妖冶な巫女殿、どうやら強力な地神…というか、
大地や天空の霊気の束ねを拾う術に長けておいでであるようで。
「せめて素となる生気を制限しなけりゃ…。」
「文法はおかしいが大体判った。」
どれほど修養を積んでいようが、そういう血統の生まれであろうが、
陽世界生まれの存在だけに、限界もある。
それを補う咒力の素が、
自然界にあふるる生気だったり、
特殊な条件の土地にたまった磁場だったりするので、
それを制限するための結界を、取り急ぎ 張り巡らせるのが最善と。
「あまねく穹と大地の鍵をこれへ、
今ここに、我の名においての封を為すっ!」
穏健にして繊細な封印の陣を描いている場合ではない、
正に瞬断の処置を求められるよな土壇場だったものだから。
自分の額へ親指の爪で かすかに引っ掻き傷を作り、
そこから始まる輪を、腕をぐるんと大きく回して宙へと描く。
「む…っ。」
聖封としての自身を礎に、やや乱暴な封印を張ったサンジであり。
乱暴でもそれだけに威力は絶大で、しかもさすがに素早くて。
辺りの空気が肌で判るほど温度を下げ、
それと同じほどの勢いで、重力が増したような圧迫感が襲い来る。
「こ、これは…。」
その手へ開いていた小柄が急激に重さを増したか、
残りを取り落とした巫女様が、
利き手をもう片やの手で押さえてお顔を歪める。
自分の身の延長レベルで扱えたものが
不意に侭にならなくなったの、信じられぬと驚愕しているのだろう。
“そんな隙を突くなんてのは、俺の性分じゃあないんだが。”
余計な怪我を負わせても詮無いと、
その白いお膝をとうとう地へついてしまうほど、
やっとのことで力を何割が封じ込め、その間合いに入って近づけた巫女様の、
低い位置へと下りて来た頭上へかざした手へと念を集めた破邪様。
「とりあえず、人の話くれぇは聞いてくれ。」
「…っ。」
ぱんっと弾けた念じの気弾。
どういう発端からの怒りか憤りか、
彼女の裡(うち)にて“出会う前から”高められていたらしき高圧的な気概の塊だが、
それでは足りぬのだとの優劣を思い知る程度に放って見せたことで。
「………………判った。わらわもムキにはなるまいよ。」
その闘争心をやっと萎えさせてくださった、
美人だが相当におっかない、女傑、もとえ 巫女様だったのでございます。
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*仏教で言うところの“南無三”は、
仏・法・僧という仏教の3つの宝という意味だそうで、
決して“南無阿弥陀仏”の略ではないので念のため。
神道の方だと“幸魂奇魂 守給幸給”と唱えるのだそうです。
(さきみたま/くしみたま/まもりたまへ/さきはえたまへ)

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